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知的種族の多数存在するファンタジー世界でなぜ人間がメジャー種族なのか? を考察する(2)

CATEGORY雑記
さて、では前回挙げた「メジャー種族」の定義を人数ではなく勢力というベクトルで考え直してみます。実際、我々の世界も、勢力的には白人優位であると思います。

では今、なぜ勢力的に白人が優位なのかといえば。それは彼らが相当早い時期から、狭い土地から抜けだし他人種から利権や領土を獲得するための努力を怠らなかった結果と言えると思います。文明が優れていた事を理由に挙げる人がいるかもしれませんが、その優位は努力の結果によってもたらされた物です。

彼らが高度な文明を獲得したのは「彼らが生物としてより知的であったから」ではないのです。少なくとも初期の段階で4大文明が生じたのは、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河周辺でありそのうち2~3つが黄色人種圏です。古代欧人は資質としては知的というよりむしろ粗暴な人々でした。

しかし人数的には優位にいながら各地方で内紛に終始していた黄色人種は、白人社会の勢力拡大の前においては人数というその優位を生かせず、粗暴でガツガツした彼らに押し切られてしまったという事でしょう。勢力というものはただ優れた者に与えられる加護や特権ではなく、活動するために力を欲し増幅させようと邁進する者にもたらされる努力の結晶なのです。

これをファンタジー世界に置き換えますと、エルフやドワーフなどの亜人はどの作品でも勢力拡大という方向性において大体無欲なわけです。ていうか、まるで古の白人みたいに勢力拡大にガツガツしているエルフやドワーフなんて、全く別の生物だろうとw

エルフに関しては、自分たちを自然の驚異から守るために(自然に溶け込ませるという形で)魔法文化に傾倒していった流れが想像に難くなく。そんな彼らが人類社会に対しては侵略という形で勢力を広げる考えに至るとは考えにくいでしょう。

ドワーフに至っては生理的な理由でエルフを敵視しており、それでも嫌う本能の要求に従って「エルフ圏を暴力で侵略する」事をしない鋼の理性を持つわけです。なのに、人類社会に対してだけは侵略という行為に臨むとすれば、それは思考が破綻しているとしか思えないですw

他の亜人種は、もう人数的な理由で勢力が逆転できないと諦めているんだろうと(雑w)

対して人類は平坦で安全な土地で人を増やすのですが、大体の作中の世界観では安全に住めるような平地は狭く、やがて我々の世界の白人のように積極的に領土を拡大するマインドにシフトしていったんだろうなと。

前回の内容も込みでまとめます。

殆どの世界観において、そこに住む生物(人類や亜人)は2択を迫られる事になると思います。一つは実りは多いが外敵も多い場所に住む。もう一つは外敵は少ないが実りの少ない場所に住む事。

多くの場合、特に自身の能力が高ければ高いほど実りの多い土地に住み外敵を何らかの手段で退ける道を選ぶと思います。能力が劣れば、結果実りの少ない土地でどうにか生活できる術を探す方向に行かざるを得なくなります。結果、能力の高い亜人種は森や海などの実りの多い土地に集中し、人類は平野に下る事になります。

ただ、例外としてエルフはもっと別のいろいろな選択肢をあるでしょうが、多くの作品ではやはり森に住む事を選択しています。これは能力というより精神的な理由でそうしていると思われます。

さて、ここで人類は細々と暮らす事になるかというと、多くの場合そうはなっていません。それは早期に農耕によって彼らが自分たちの手で実りを得る手段を得るからです。実りさえ得られれば、平地は外敵の比較的少ない住みやすい領域です。そこで多くの場合、人類達は数を増やしていく事になります。

ちなみに、それを見ても亜人種達は農耕を始めようとは思わないでしょう。森や海は農耕に適していないでしょうし、なにより狩りをすれば食べ物が得られるのにわざわざ数ヶ月掛けて食物を育てる事に魅力を感じないからです。それは我々の世界でも狩りで生活を営んできた種族によくある話です。ましてや彼らが自ら進んでわざわざ実りの少ない土地に下ろうとは思わないはずです。

さて、もし人類の住む平地が限りなく広い土地ならばこのままなんの衝突もなく、いい感じに住み分けが出来ていた事でしょう。しかし多くの世界観の場合、農耕に適した土地には限りがあり、外敵の少ない状況で繁殖した人類達はそれらの土地を耕し尽くし、実りを人類の他の種族から奪う道を選び始めます。あるいは、実りは不足していなくても、欲望によって他の土地を奪う行為に手を染める可能性もあります。

それもやがて行き着くとこまで行き着き、全ての種族が統一されるか、あるいはちょっとやそっとでは侵略出来ない状態になります。そうなれば彼らの矛先は、開拓可能な森林地帯か他の島などに向く事になり、ここで亜人種との衝突が発生します。

亜人種達も今まで野生の動物や魔物を相手にして、それなりに武力をつけている事でしょうが、それでも知的生物同士との闘いでは勝手が違うと思われます。少なくとも単に「身的能力が数倍高い」だけでは知恵によって強化された大多数で押し寄せる人類に抗うことは難しいでしょう。

エルフなどの魔法を使える一部の知的な亜人は抗える可能性があります。しかし今まで魔物くらいしか相手しなかったある意味集団戦闘の素人が、強力な(とは言っても十数人程度に効果が及ぶ程度の)火器を持ったからといって、原始的とはいえ集団戦闘をこなしてきた集団に効果的に火力を揮えるかというと疑問です。

また、エルフに関しては大体の世界観で(下手をすると現代人の我々よりも)文化的な感性を持った種族として描かれています。

そんな彼らが仮に例えば数百、数千人を抹殺できるような魔法を持っていたとして、野蛮人とは言え知的生命との戦闘で十全にそれを奮い相手を殺せるようなマインドを持てるかというと疑問ですw 最終的に森に引っ込んで守りに徹する事はあっても、積極的に人類を駆逐する側に回るとは考えにくいですw 

結果人類はメリットがリスクを上回り続ける限りその勢力を拡大し、亜人達はそれに抗いきれず人が住まない土地に引っ込む事になるでしょう。

これが、自分の考える「どの世界観でも大体の場合で人類がメジャー種族になる理由」です。

ちなみに一部には、「どの作品も書いている人が『人間一番』という傲慢な発想を持っていて、結果異世界は人類が支配する社会として描写される」という見方があるように見受けられます。

一般的な作家にそれが全くないとは言いません。

しかし個人感では、(欲望とかそういう小汚い部分も含めて)人間を人間らしくきちんと書こうとした場合に、それに対比して出す無垢で綺麗な存在として亜人を表現している場合が多いように感じるのです。

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